【春香SS】ラジオとお便りと日向ぼっこ〜10years after 〜
あの頃の俺は何もかも自暴自棄になっていた。
特に勉強ができるわけでもない。というか下の下……。クラスでも特に面白いこと言ってみんなを笑わせられるわけでもない。どちらかといえば休み時間に本読んで過ごしているほう……。
唯一、自信を持っていられた部活も大きな大会に出場は出来たものの、引退してしまえば「ハイそれまで」で、特に大学から推薦が来るわけでもなかった。
そのくせ、「自分の夢」ってのは馬鹿みたいにしっかり持っていて、実力が伴っていないのに……。
一応進学校だったから、大学受験の勉強もしていたけど全然分からない。ってか「どこが分からないのか」が分からないんだ。そんなことってマンガだけかと思ってた。
今日も塾の先生と正面衝突してやった。
「チクショウ……あのジジイ!もっと丁寧に教えろよ。解説書だけ渡しやがって!こうなりゃ、どっちが先に折れるかじゃ。コチトラ明日の朝まで教室にいてやってもいいんだぞ!」
通っていた塾が問題が終わるまで帰れないシステムだったので、こんなやりとりもしょっちゅうだった。
結局、終わったのは午前2時過ぎ。帰り道、新聞配達のオッサンが営業所で準備を始めてたっけ。
……っと
イヤホンから明るく賑やかな声が聴こえてきた。
深夜の時間帯。人通りなんか全くない自宅までの帰り道を、一人で歩くのにラジオは必需品だった。
「こんな時間までラジオの仕事も大変だな……」
大してラジオを聴くわけでもなく、ただただ一人の寂しさを紛らわすために流していたいつもの番組だが、今夜は少しだけ違った。
「……リク…kは、あm……hる…んで、“わt…ちは……dしょ……”です!」
たまたま電波の弱いところを歩いていたのか、曲名が全然分からなかった。ただ、その曲は俺の心の中をほんの少しであったが明るく照らしてくれる。そんな曲だったのを何年か経った今でも覚えている。
……あの場所に立ちたいと いつまでまでまでも
希望捨てちゃいけないよ 願いを叶えましょう……
今思えば、有名アーティストの曲ようなカッコ良さも人生の深さを歌った歌詞では全くなかった。むしろ言ったら悪いが幼稚な曲だ。
曲名も歌っている人の名前も分からない。
だけど、どうしてもその歌をまた聴きたくなった俺は、記憶を辿り、覚えている歌詞を思い出し、Googleで検索していった。
歌っている人が「天海春香」という、当時自分と同い年のアイドルということを知ったのはそれから間もないことだった。
俺はアイドルというヤツのことをあまり良い目で見ていなかった。クラスにもアイドルファンが何人かはいたのだが、良い歳にもなって何考えているんだって思っていたからだ。
あれだけ、良い目で見てなかった「アイドル」から伝わったモノ。彼女にしかないチカラは、確かに俺を変えようとしていた。
小さな頃から追いかけようとしていた夢。
勉強が出来ない。何の取り柄もない。何にもない……
捨てようとしていた希望。どうせ上手くいかない。
……当たり前じゃないか。進もうとしていないんだから。
立ちたいと願った場所への行き方は一つだけじゃない。飛行機で行ったって、船で行ったって、歩いていったっていいんだ。いいはずじゃないか。
……その日から俺は取り敢えずガムシャラに生きてみることにした。勉強も分からないなら分からないなりに基本から立ち返ってみた。部活が終わって靴箱に眠っていたランニングシューズを引っ張り出して、毎朝走ってみることにした。
気持ちが乗ってくるにつれて、友達との関係も良くなってきた。そもそも俺が勝手に悩んでいただけだったのかもしれないが……
この方法が正しいとは少しも思わなかった。でも、この時は確かに生きてる実感があった。
結局、大学受験には間に合わなかったが、それでも後悔はしていなかった。
ただ、あの時は「伝わったモノ」の正体は分からないままだった。
「………さて、続いてのお便りです。東京都のペンネーム『ヒナタぼっこさん』からいただきました!ありがとうございます。可愛いペンネームですねっ(笑)
いきなりですが、私は春香さんに助けられたことがあります。
って……えええ⁈ そんなことあったかなあ?もしかして、近所のおばあちゃんかな?由奈の弟かも! ……あっ…続けます続けます(笑)
だいぶ前になりますが、私が進路で悩んでいた時に春香さんの歌う曲に出逢いました。その歌のおかげで、そして春香さんのおかげで今の自分があると思うのです。恥ずかしながら、このラジオ以外の春香さんの番組やドラマなどを見させていただいて、春香さんの芯の強さや優しさがきっと私を支えてくれたんだろうと勝手ながら感じています。それはきっと私が持っていない、春香さんのチカラだったのかもしれませんね!
ラジオのふつおたとは少し違うかもしれませんが、お礼を言わせて下さい。ありがとうございました!
……素敵なお手紙ありがとうございますっ!
……私はねっ。強くなんかないんですよ?もしかしたら優しくなんてないのかもしれない。
ヒナタぼっこさんがね?悩んだ気持ちって私分かる気がするの。
皆さんだってそうじゃないですか?自分に自信が持てなかったり、人より劣ってみえたり、そんな時ってないですか? あっ……ディレクターさんも?(笑)
ヒナタぼっこさんは自分に持ってないモノを私が持ってるっていってたけど、絶対そんなことないんだよ。
もしも、自分が変われたって感じたんだったら、それはヒナタぼっこさんがとっても努力して前に進めたってことじゃないかな。それは私なんかよりずっとずっと心が強くないとできないことだと思います!
その前に進んだほんのきっかけに私がなれたんだったら、嬉しいですね!
……えっt?天海さんは楽屋のお菓子をダイエット中もコッソリ食べてるから?心は強くないね……って?
ハイハイ、そうですよ。どーせ私は優柔不断な人間ですよ〜。
きっと私が持っているモノは誰でも持っているものだと思うんだ。謙遜とかそんなのじゃなくて!…ね?
あとは自分を信じてあげられる。自分が願った夢を信じてあげる。なりたい自分を信じてあげる。それだけじゃないかな。
初めは怖いかもしれない。心が折れそうになるかもしれない。でも、そのくらい一生懸命向き合えてる人ってカッコいいと思います。
……夢って見上げたり、嘆いたりするものじゃなくって、自分がこう生きたいって思う気持ちの表れだと思うから。
ヒナタぼっこさんらしくこれからも前に進んで欲しいなっ!
また悩んだり挫けそうになった時は、お便りくださいね!
……なんだか、私なんかがこんな話していいのかな?(笑)
では続いてのお便り!千葉県のナナさんからです。ありがとうございますっ!
………………
涙が止まらなかった。
このお便りを読まれた数分が、とてつもなく長い時間に感じられた。
俺はずっと背中を丸めて生きていた。
勉強が出来ない自分に嘆き、何の取り柄もない自分に自信をなくし、いつも誰かからの評価に怖がっていた。
だから、彼女の「自分を信じて」という言葉。その言葉が響いたのは、ずっとずっと誰かに信じてもらいたかったからなんだ。
俺自身を真っ先に信じられるのは他の誰でもない、自分自身なんだと思った。
多分彼女は、自身が言うように俺と何も変わらない「普通の女性」なのだろう。
ただ、彼女は自分自身を信じることをやめなかったんだ。どんなに転んでも失敗しても、転んだ自分さえも受け入れて、全部ひっくるめて信じてあげられる。そんなひとなんだ。
あの日、彼女の歌から「伝わったモノ」の中には彼女が彼女自身に向けたエールが含まれていたのかもしれない。
……よしっ!頑張ろう!だってもう俺は俺自身を信じられるから。
そしてきっと彼女のような人になってみせる。果てしなく遠い道のりかもしれないけど、歩いていればきっとたどり着ける。ダイジョウブ!
ふと見上げると、月明かりに照らされた下宿先の桜の蕾が明日にでも咲きそうになっていた。
(数年後)
「えっ?立入検査だなんて聞いてないですよ!事務所のみんなはお仕事でいないし、社長と小鳥さんは出張で留守だし……。そんなっ!あと10分で戻るからって!プロデューs…って切れてる……。」
急にプロデューサーさんから電話があったかと思えば、今日は事務所の消防の立入検査だとかで……。予定の時間に遅れそうだからしばらく対応していてくれって、そんな急に言われても私、難しいこと分からないよ〜。法律とか?機械のこととか?
ええっと……どうすればいいんだろう(泣)
ピンポ〜ン
……来たっ!
「……は〜い」
「こんにちは!東京消防庁・杉並西署の者です。立入検査にお伺いしました。」
事務所の扉を開けると、ふたりの精悍な青年が2人立っていた。
「こんにちは、今日はお忙しい中ありがとうございます。担当の〇〇様はいらっしゃいますでしょうか?」
「すっ……すみません。〇〇は今不在でして、あと10分程で帰ると連絡があったのですが……。申し訳ないのですが、しばらく中で待っていただけないでしょうか?」
「そうですか。分かりました!時間にも余裕がありますし、待たせていただきます。あっ……本日担当させていただく“松本”と“日向”と申します。ホラッ!」
「日向颯太といいます。今日の主担当を務めさせていただきます。よろしくお願いします!」
私と同い年くらいのその青年からは何処か懐かしい雰囲気が漂っていた。
「えっと?日向さん?ってどこかでお会いしたことがありましたっけ?」
「いえ、お会いしたことはないと思います。……ですが……。」
今まで力強い顔つきだった青年がみせた屈託のない笑顔には、私が持っていないような大きな優しさと強さが確かにあった。
【あとがき】
読んでいただきありがとうございました。薫る風と申します。今回の春香のショートストーリーいかがでしたでしょうか?
春香の誕生日に合わせて作ったはいいものの、ホントに短時間で書いたので話の繋がりがめちゃくちゃです (´∀`*)何卒!何卒おお!
さて、今回のお話は春香ではなくとあるファン?が主人公です。皆さんはアイドルに影響されて、何か小さなことでも構いません自分が変わっていったという経験はありませんか?
この少年はかつての自分自身に自信が持てなかったと言っています。そして、春香の歌によって何かを感じた。それがきっかけで一歩ずつ前に進めた…と。
「わたしが持ってるモノは日向くんも持っている」といっていましたが、これは決して自分を卑下しているわけでもないんだと思うんですよね?
自分自身を信じることというのはとてつもなく難しいことだと思います。誰にでも出来ること。それが途方もなく難しい。
それを春香然り、アイドルのみんなは一歩ずつ積み重ねていっている。
初めは小さな一歩。それがいつしか大きな勇気となって夢へと繋がっている。その心の強さのようなものが、春香の魅力の一つなんじゃないかと思います。
さて、最後を「ですが……。」で締めくくった日向くん。この後プロデューサーが帰ってくるまでの間、春香からもらったものの話をしたのでしょうか?気になりますね。
今は先行き不透明で不安な世の中ですが、いつかこの冬が明けるでしょう。その日まで皆さん体調にはお気をつけて!
最後になりましたが、全てのアイドルマスターが大好きな皆さんに感謝を込めて!
そして春香、お誕生日おめでとう!
*引用楽曲
『私たちはずっと…でしょう?』