徒然風

心に移りゆく由無しことを…

【春香SS】夕陽と夢と舞乙女

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日が暮れるのがだんだんと早くなってきた。

それもそうよね?だって今日は冬至だもん。今日の夕ごはんは「かぼちゃのグラタン」にしようかなぁ。煮付けでもいいんだけど、それだとあんまりありきたり過ぎる。グラタンなら家族みんな好きだし、今日は一段と寒いからあったかいものがいいよね!

最近料理ができるようになってきたということもあって、なんか少しでも凝ったものを作りたいという衝動に溢れている。私の悪いところが出てしまっている……

 


……あっ!シチューっていう手もあったかな。

 

 

 

この季節になると、とある人のことを思い出しちゃう。っと言っても彼氏とか片思いしてた人とかそんなんじゃないんだ(笑)

 


去年の今頃。私たちの学校に教育実習の先生がやってきた。確か3人くらいいたのかな?

その中の一人の先生が、当時1年生だった私たちのクラスに実習生としてきたんだ。

蒲池(かまち)先生。チョット呼びづらい名前だったから、私たちは下の名前で「泉美(いずみ)先生」って呼んでた。

担任の先生とかは結構お歳を召した先生方が多かったから、泉美先生のような歳の近いお姉さんがやってきて、勉強のことだけじゃなくて普通に友達みたいな会話もしてた。今思えばすごく失礼だったかもしれないね……(笑)

 

 


「泉美先生!昨日の『マルモのおきて』見ました?」

「ゴメンね、天海さん!まだ見れてないの。今日の授業の準備がなかなか終わらなくって…」

「ええ〜、昨日の愛菜ちゃん可愛かったのに!先生も実習大変かもしれないけど無理しないでくださいね。」

「ありがとう。あっ!もう次の授業始まるわよ!準備準備!」

 

 

 

泉美先生は現代国語の先生で、私たちがちょうど習っていた「舞姫」の単元をめちゃくちゃ深いところまで教えてくれた。小学生の頃の授業は身の回りの「なんで?どうして?」を解決していく面白さがあったのに、高校生になると何かにつけては「受験だ、模試だ」の勉強になっちゃって……。なんだか久しぶりに「ああ!勉強したな」って授業だったなあ。

 


だけど……(笑)

 


舞姫」から話は脱線に脱線して、好きな小説の話になったんだ。なんでそうなっちゃったのかって思うでしょ?現に受けてる私たちも不思議だったよ。

確かに、豊太郎とエリスの話から「先生に彼氏いるんですか?」って聞いた男子も男子だけど、それに乗っかってハンドルを大きく左に切った先生も先生ですよ…。

 


案の定、授業は50分では収まらずに次の「学活」まで伸びちゃった。担任のおじいちゃん先生苦笑い。泉美先生も苦笑い……。

 


でもね、面白かったよ!私、「こころ」とか「舞姫」のような近代小説って苦手だったんだけど、あの時の授業で興味が持てたもん。

ただ、隣の席の由奈だけは「結婚の約束までした女性を幸せにできん男が、家とか国とか言ってんじゃねえ!」ってキレてたけど……。

 


…………私ね?見つけちゃったんだ、先生の良いところ。

なんで、授業がこんなに長くなっちゃったのかっていうと、泉美先生が私たち生徒一人一人の話を最後まで聴いていたから。どんなに些細な答えでも、先生はちゃんと考えて向き合ってくれたからなんだ。

 


あとで先生は指導教官にめちゃくちゃ怒られたみたいだけど、私はそんな泉美先生の授業、好きだったよ。

 

 

 

 


他にも授業だけじゃなくて、放課後には私がマネージャーをしているチア部に遊びにきてくれたり……。

先生らしい先生じゃなかったかもしれないけど、私たち生徒と同じ目線でありのままで接してくれる泉美先生と一緒にいると、何だか自然と笑顔になれた。

 


長女でお兄ちゃんやお姉ちゃんに憧れていた私にとって、その3週間は本当のお姉ちゃんができたような、そんな気分だった。

 


「天海さんの笑った顔、素敵ね!みんなからもよく言われるでしょう?」

「ええ〜そんなこと初めて言われましたよ(笑) 」

「ホントに?天海さんこそ先生に向いてると思うわ。」

「やったあ!じゃあ目指してみようかな〜」

「あら?天海さん将来なりたいものないの?」

「ん?……う〜ん(笑)」

 

 

 

『先生か……』

 

 

泉美先生からの一言がどこか引っかかりながら、でも深く考えはせずにいつしか忘れちゃっていた。

 

 

 

 

そんな、泉美先生との教育実習も終わりに近づいた頃。

 

1年生の終わりともなるとそろそろ将来のことを考えなければいけなくなってきた。

 


「おーい、そんじゃ進路希望表配るぞ〜。提出期限はもうちょっとあるから、家族の方としっかり相談して出してくれな〜」

担任の先生から進路希望表が配られた。

 


……進路…かあ……

 


逃げようと思っていたわけじゃない。昔から追いかけ続けてきた憧れは確かにある。

ただ、それを自分が胸を張って言えるのか。家族から反対されるんじゃないか。最近ではそんなことを思うようになっていったのね。

 


私も同級生と同じように、大学受験して女子大生になって、そしてOLになって……

…なんだ……思ってたより楽しそうじゃない。今だったら、どんな企業がいいのかな?これからはもっともっとコンピューターは進んでいくだろうし、IT企業になるのかな。そうなると、パソコンとか覚えなきゃ……。でも……先生もいいかも。楽しそうだし……。

 

 

 

思い返せば、この時私はどんな顔をしていたんだろう?

その後のホームルーム。部活中も心がどこか引っかかったような、そんな感じだったことだけは覚えている。

泉美先生からの「夢」という言葉が今更ながら気になり出した。

 

 

 

 


「天海さん!」

帰り道、泉美先生の声に呼び止められた。

「あっ… 先生も同じ帰り道だったんですね。」

「そうなの!もしお邪魔じゃなかったら一緒に帰ってもいいかな?」

「もちろんですよ。そうだ!先生!昨日のドラマみました?……」

 

先生と話している時間はいつも楽しい。ホントに友達と話しているような感じがする。

それなのに、今日は何だろう……。どこか変な感じがする。ココロが不安定っていうのかな?どこか想いは遠くにあるような気がする。

冬のピンと張り詰めた空気の中、その想いはどんどん募っていく。

 


「先生ももうすぐ実習終わりですね?」

「そうなんだよ。なんだか寂しいなあ〜せっかくみんなと仲良くなれたのに。」

「先生の授業、楽しかったですよ。チアの練習も見にきてくれたましたよね!実習が終わっても遊びに来てくださいね?」

…………

 


なんだか、ココロが今しかないって言っている気がする。泉美先生にこの気持ちを聞いてほしい。

 


「…………天海さん。なんか考えてることあるでしょ?」

 


泉美先生は、やっぱり先生だ……。すごいね。

 


「……分かるんですか?」

「今日のホームルームの時間から不安そうな顔してるんだもん。らしくないなって思って……。ごめんなさい、大きなお世話だったかしら(笑)」

「そんな…こと……」

 


ああ。もうだめだ……涙が出てきちゃった。我慢しようと思ってたのに……。泉美先生には泣いた顔見せたくなかったのに……。

 


「……天海さん?」

「ごめんなさい!先生。ホントは泣きたくなんかないのに……。………話してもいいですか?」

「私なんかでよかったら。」

 

 


それから、わたしは自分の夢について話した。小さな頃に出会った歌のお姉さんのこと。歌を歌うのが好きなこと。誰かを笑顔にするのが好きなこと。

こんなこと誰にも話したことなかったよ。自分の夢に対する迷いや家族への想い。そして自分への疑い。

泉美先生は静かに私の話を聴いてくれた。頷きながら、真っ直ぐ。だけど優しい眼差しで。

 


「ちっちゃな時からずっとなりたかった!いつか一緒に歌ってくれたお姉さんのような人になりたいってずっと思ってきた!周りの人を笑顔にできるアイドルになりたいって!でも、その夢が現実のものになろうとしてきたら、わたし本当にこれでいいのかなって思えてきて……。もしかして、自分で「アイドルにならないといけない」って思い込んでるだけなんじゃないかって……それでっt……」

 


「春香ちゃん!」

 

「……っ⁈」


「一緒だよ。」

 

「えっ?」

 

「わたしも一緒だよ。春香ちゃんとおなじ高校生の時も、そして今も……ね。私も先生になることが小さい頃から夢だったの。小学4年生の時の担任の先生が凄くカッコよくて、憧れたんだ。そこからず〜っと追いかけ続けて……。」

 

「じゃあ、もうすぐその夢が叶いそうなんですね。」

 

「……でもね?周りの人から反対されちゃってさ。『憧れだけじゃ続かない』とか『子供を嫌いになる覚悟はあるのか?』とか。進路指導とか面接とかやってるうちに、勉強のことや資格のこと、本当は思ってないようなこと。色々と飾りが付いちゃって……。気付いたら『あれっ?私の夢ってこんなのだったかな?』ってなったんだ。

 

 

 

夕焼けの空は少しずつ夜へと近づいている。河川敷の道はさっきよりも少し暗く、遊んでいた子供たちは帰り支度を始めていた。

 

 

 

「…………先生は…。先生は諦めなかったんですね?」

 

「だって、どうやって諦めたらいいか分からなかったから。」

 

「……⁉︎」

 

「そうじゃない。まだスタートラインにすら立ってないんだよ、私たち。アイドルだって、先生だって、諦める理由がないじゃない! 2週間教育実習やってみて、思い通りに授業は出来ないし先生にも怒られた。一般常識なんじゃないかってことすらも出来てなかった。それでも春香ちゃんや生徒のみんなと色んな話をして、やっぱり私は先生になりたいって思ったの。」

 

「先生は、先生ですよ。私の悩みを聴いてくれて、授業も分かりやすくて……。でも私は歌も上手くない、ダンスだって得意じゃない。なんの取り柄もないのは私がよく知っているんです。」

 


本当はこっちの悩みの方が大きかったのかもしれないね。家族やアイドルになることの難しさにかこつけて、自分に自信が持てなかったんだと思うの。

 


「私はアイドルのお仕事のこと知らないけど、歌やダンスだけがアイドルの全てじゃないんじゃないかな。春香ちゃんと知り合ってまだ2週間だけど、私は春香ちゃんの精一杯の優しさを知ってる。不器用だけどあったかい優しさを知ってる。その優しさはきっと誰かを笑顔にできるわ。」

 


「本当に……そう思います?」

 


「春香ちゃん……春香ちゃんの夢って何?」

 


「私の夢は、歌が大好きで……歌で幸せな気持ちを届けられるような……。そんな人になりたいって思って……。……違う。……そんな人になり…たい。」

 

「もしもね?そのなりたい自分が単なる『憧れ』なら、音楽の先生の道だって作詞家さんの道だって叶えられる道はたくさんあるわ。でもそれが『夢』なんだとしたら、アイドルが夢なんだったら、私はその道を歩いて欲しいな。」

 

「『憧れ』じゃなくて『夢』なんだったら。」

 

「みんな始まりは自信なんてないはずよ!不安で悩んで、疑心暗鬼になって……。だけど、夢を本気で願った春香ちゃんの心は、もうなりたい自分の心になっているから!あとはその心に自分が近づいていければいいのよ!きっと!」

 

「こんな泣き虫で、なんの取り柄もない私でもアイドルになれるかな。」

 

「もちろん!人の優しさや悲しみを誰よりも知っている、分かち合おうとするあなたはみんなを笑顔にできるアイドルになれるよ。こんな真剣に悩んで見つけた夢は、なりたい自分になるための証拠なんだから!」

 

 

 

さっき、暗くなりつつあった夕焼けの空は思っていたよりも優しい色をしていて、明かりが灯り出したマンションと合わさって、やけに綺麗だったのを今でも覚えている。いつもの通学路の風景がこんなに綺麗だなんて気付かなかった。

 

私と先生は静かに変わりゆく空を眺めていた。

 


「春香ちゃん、歌好きよね?」

先生は鞄の中からウォークマンを取り出すとイヤホンの片方を私の耳に、もう片方を自分の耳に持っていき、

「私ね?挫けそうになったり、自分の夢に迷いが出てきたりしたときにこの曲を聴くの。私、言葉で伝えるの苦手だからこの曲は私から春香ちゃんへのメッセージだと思って欲しいな。」

 


使い込まれて、傷だらけになったウォークマンからは透き通った、だけどどこか力強い歌声が流れてきた。

 

 

 

♬〜あの微笑みを忘れないで

Forget your worries and gimme your smile

心の冬にさよならして

走り出そう 新しい明日へ〜♪

 

 

 

 

「先生。私、前に進んでみます。やっぱりこの夢に出会えたんだから、この夢を追いかけることで自分が変われるんだったら、私は自分に嘘をつきたくない!」

 

「うん、春香ちゃんだったらダイジョウブ。負けないで、あなたらしく夢を追いかけて。」

 


すっかり暗くなった夜の空ではっきりとは分からなかったけれど、そう答えた先生の目には何かが光って、尾を引いたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 


結局、今日の夕ごはんはカボチャのシチューに決めた。

 


いつも買い出しにいく商店街は年末のセールということもあっていつも以上に賑わっている。

 

 

 

こんなに人が多いんじゃ、買い物するだけでひと苦労だよ。失敗したなぁ……。今日は寒いし、早く買ってウチに帰ろっと。

 

 

 

「……天海…さん?」

ふと後ろから声をかけられた。優しくて懐かしい声。

 


振りかえるとスーツ姿のお姉さんが駆け寄ってきた。

「先生!」

 


「やっぱり!天海さんだ。久しぶりね」

 


「あれ?先生どうしてここにいるの」

 


「うん。みんなのお陰でね。本物の先生になれて、来年から天海さんの高校で教えることになったの!」

 


「本当?すごいね!やった~!!」

 

 

 

 

 

 

先生。今日の私はちゃんと笑えているかな?

 

 

 

 

 

 

【あとがき】

読んでいただきありがとうございました。薫る風と申します。今回の春香のショートストーリーいかがでしたでしょうか?年末年始にかけてバタバタしながらぼちぼち書いていましたので、繋がりとかおかしな部分も多いと思います(*´-`) 何卒ご容赦ください。

 

さて、今回の春香は自分の夢に対する不安を持っています。アニメやゲームの世界での彼女は『夢』に対して真っ直ぐに向き合っていますね。それがカッコ良くもあり春香らしさなんでしょうが、彼女も一人の高校生。心のどこかでは夢に対する不安や疑いもあったのではないでしょうか?大人は諦めなければ夢は叶う!なんて言いますが、現実はそんな甘いものではないですよね。多分、春香自身もそのことについては痛いほど理解していると思います。ですが、彼女が小さい頃から憧れ続けたアイドルという夢。諦めようにもどうやったら諦められるのか分からない。そうゆう期待と葛藤の中で高校生活を送っていた時期もあると思います。

ちょうどこのSSを書いている時期はセンター試験前。凄く悩んで選んだ道も、なんとなく選んだ道も、その道の途中にはたくさんの景色と、教えと、発見があるのではないでしょうか。

これはそんな春香がアイドルになるかならないかを迷っていた。今よりちょっとだけ前のお話です。もしかしたら、そんなこともなく猪突猛進モウモウ進で真っ直ぐに突き進んで行ったかもしれませんし……笑。読んでいらっしゃる方のイメージに合えば幸いです。

 

さて、今回登場しました。泉美先生。察しの良い方は気付いていらっしゃるのではないでしょうか?とある歌手の方をモデルにして描かせていただきました。この方の歌う曲は凄く綺麗で、歌詞も素敵で、本当に心に響きますね。大好きな歌手なんです。

 

今回もあとがきが長くなってしまいました。また機会があればちょこちょこ違った一面を書いてみたいと思います。

最後になりましたが、全てのアイドルマスターが大好きな皆さんに感謝を込めて!

 

 

*引用楽曲

『あの微笑みを忘れないで』  ZARD

作詞:坂井泉水   作曲:川島だりあ