徒然風

心に移りゆく由無しことを…

【春香SS】鈴とお茶とハンバーグ

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いい香りがする。懐かしい香りだ。

冬の真っ青な空は、夏のギラギラした空とはまた違って吹き抜けるような感じがして好きなんだ。街も少しずつクリスマスのイルミネーションが目立ってきてワクワクしちゃう。段々と寒くなってきた空に流れるその香りは心をほっこり温めてくれている。ちょっとしたことなのに知らず知らずのうちに家に帰る足が早くなる。

『どこかで茶葉を焙じているんだなあ。』
さわやかな中にも心を落ちつかせてくれる深い香りは、幼い頃の思い出を運んできてくれた。
……この香りはおばあちゃんの香り……。

おもむろに目を向けた鞄には友達と買ったキーホルダー達と一緒に、色あせた小さな鈴が付いている。
「……おばあちゃん元気かな。」



まだお父さんとお母さんが共働きで忙しかったころ、私はよくおばあちゃんの家に遊びにいっていた。おばあちゃんの家はおじいちゃんがまだ若かった頃に自分で建てたって聞いたことがある。
「おばあちゃんはこれでもモダンガールだったのよ。モテて仕方がなかったんだから。どうやっておじいちゃんが射止めたのか不思議だわ」
と自慢げに話すおばあちゃんの顔は少し赤くなっていて照れているようだった(笑)

おばあちゃんのお気に入りの場所は日当たりのいい縁側。おじいちゃんがおばあちゃんと歳をとった時に一緒に日向ぼっこしながらお茶を飲めるように作ったんだって。
それを知ってか知らずか、おばあちゃんはよく縁側でお茶っ葉を焙じていた。火鉢に炭をくべて奉書紙に乗せた茶葉をこまめに揺すってあげてると、ほのかに香ばしい匂いがしてくる。私が遊びに行くとよくこうしてお茶を焙じてくれていたので、この香りがするとおばあちゃんを思い出してしまうんだ。

私が料理を作るのを好きになったのは、多分おばあちゃんの影響が大きいと思う。私はまだお料理本とかクックパッド見ながら作ることが多いんだけど、おばあちゃんは初めて作る料理でもササっと作っちゃうからすごい。それも和食洋食中華なんでもござれ……。

この前のバレンタインの時に「ガトーショコラ」を一緒に作ったんだけど、もうお店で売ってるようなケーキができて、あの時は本当に驚いた。私が一人で作った時には、ショコラの中に空洞ができちゃって陥没しちゃったんだけど、おばあちゃんが作ったら膨らみすぎもせず、ちょうどイイ感じで。
おばあちゃんに聞いたら、初めて作ったんだって!凄くない(笑)
お砂糖も牛乳も目分量だったのに……ホント魔法でも使ってるんじゃないかな。

なんでそんなに料理が上手なのか聞いたことがあるんだけど、
「ばあちゃんの勘ってやつなのよ(笑)」
だって。

初めておばあちゃんと料理をしたのは、どのくらいだろう?
……ああ、そうだ。

あれは小学校3年生とか4年生くらいの頃。お父さんとお母さんが喧嘩したときだったっけ。なんとか二人に仲直りして欲しくて、考えに考えたのがみんなで一緒にご飯を食べるってことだった。でも、一人で料理なんかしたことなかったから、おばあちゃんに手伝ってもらったんだ。メインのメニューはハンバーグ。ありきたりかもしれないけど、家族みんな大好きな料理だったし、確かちょっと前見たテレビでハンバーグのお店が映ってたんだよね。お父さんが
「あ〜今度のお休みにみんなでハンバーグ食べに行きたいな」
って言ってたの思い出したんだ。

料理って不思議。材料を買ってる時から、食べてもらいたい人のことを考えてるんだもん。「お父さんは嬉しいことがあったら、このビールを飲んでるなあ」とか
「お母さんはお味噌汁作るときには、この具材とお味噌使ってるなあ」とか……。

作りながらね……
「お料理はね、食べて欲しい人の事を想って作れば絶対に美味しくなるから。春香ちゃんのことを思って作った料理はからだを大きくさせてくれるし、春香ちゃんのことを思っているまごころは心を大きくさせてくれてるのよ」
「私のからだだけじゃなくて、心も?」
「そうそう。だから、おばあちゃんね?今日春香ちゃんがお父さんとお母さんにご馳走したいって言ってくれた時嬉しかった。こころが辛くなったときに一番の特効薬はみんなで一緒にご飯を食べることだから。」

これが私が料理が好きな原点なのかもしれない。あの日作ったハンバーグは小学生の手で作ったから、ちっちゃくてとてもテレビでみたおっきなハンバーグじゃなかったけど、世界で一番美味しいハンバーグだったと自分で勝手に思ってる。

おばあちゃんの料理の勘はきっと、家族のことをずーっと思い続けていたから。
だから、おばあちゃんの手は本当に魔法の手なんだと思う。



ある日おばあちゃんが病気になった。



お父さんとお母さんはおばあちゃんに付きっきりになり、交代で病院へ通うようになった。私も中学校が終わるとバスに飛び乗って病院までお見舞いに行くようになったっけ……

病室で寝ているおばあちゃんはハンバーグを教えてくれた時とは別人のようだった。ほっぺたが桃色でいつも可愛かった顔が、まるで絵本に出てくる悪い魔女のような顔になっていた。
「おばあちゃん元気?」
わざと明るく声をかける。元気かどうかなんて見ればわかるのに……」
「あ〜春香ちゃん。今日も来てくれたのね。学校はどうだったの。」
「今日は体育でね〜……」
他愛ない会話をしていたけど、どんなに楽しい会話に持っていってもおばあちゃんに笑顔は戻らない……。居ても立っても居られなくなった私は、よくおばあちゃんとやっていたオセロを取り出した。ちょっとでも気が紛れないかなって思って、家から持ってきていたのだ。
「……そうだ!おばあちゃん、オセロやろうよ。時間あるでしょ?」
「あら……。ウチから持ってきてたの?…………ごめんね。どうしても体が辛くてね……。せっかくなんだけど……」

それから、何をおばあちゃんと話したのかはっきりと覚えていない。
ただ、心に残ってたのは「なんとかしなきゃ……」って思いだけ。あんなに元気だったおばあちゃんが、台所に立つのが大好きだったおばあちゃんが……こんなことになるなんて夢にも思わなかったから。

でも、私に何ができるのか全然分からなかった。

そんな時、隣町に無病息災の神さまを祀っている神社があることを聞いた。無病息災ってもう遅いのかもしれないけど、何もしないで後悔する方がイヤだったからすぐにお参りに行った。
その神社は決して大きくはなかったけど、鎮守の杜に囲まれていてきっと本当に神さまが居そうな気がしたっけ。お参りしながら、おばあちゃんとの思い出が次々と蘇ってきて……周りに人がいるのに、涙が止まらなくなった。

「このままおばあちゃんがいなくなったらどうしよう……イヤだよ……。わたしまだ何にもしてないもん……イヤだよう……」
もしも、本当に神さまがいるんだったら、もう一度おばあちゃんと一緒にお料理したい。
……そんなことをお願いした。



次の日、病院に御守りを届けに行った。

「ごめんね、おばあちゃん。私には神さまにお願いしに行くことくらいしか出来なかったよ」
……病室では泣かないって決めてたのに、ぽたぽたと涙がこぼれてきた。

「泣かないで、春香ちゃん。ありがとうね、そんなに思ってくれて嬉しいわ。……大丈夫。大丈夫だから。」
「……おばあちゃん、元気になったら一緒にハンバーグ作ろう。オセロもしよう。」
「ええ!もちろん。ハンバーグだけじゃなくてたくさん春香ちゃんの好きなもの作ろうね」

それから少しの時間だったけど、おばあちゃんと色んな話をしたんだ。学校のこと。料理のこと。好きな音楽のこと。
……帰りがけ。

「そうだ。春香ちゃんが新しい御守りくれたから、私の御守りを春香ちゃんにあげようね。おばあちゃんきっと元気になるから、約束の印……ね?」

見ると小さな鈴の御守りだった。
「ありがとう!おばあちゃん。約束だよ。きっとだからね。」
もう……また泣いちゃうじゃない……おばあちゃん……
チリンチリンと鳴った鈴が「ごめんごめん」って言っている気がした。



いい香りがする。懐かしい香りだ。



その香りは私の家から流れてきていた。
玄関先でちょっと足を止めて、思わず笑顔が溢れる。

「ただいま!」
「おかえりなさい、春香ちゃん!」

笑顔の私以上に笑顔の可愛いおばあちゃんがそこに立っていた。



あとがき

読んでいただきありがとうございました。薫る風と申します。春香のショートストーリー如何でしたでしょうか。これを書こうと思った経緯は、「天海春香学会誌」という同人誌企画で、同じようなエッセイを書かせていただいたのですが、なかなかまとめきらない部分が出てきてきまいまして、こうして個人的に文章にしてみました。
これまではブログの中で「天海春香ってこんな子だよ」ってな感じで書いていたのですが、エッセイのような形で書くとまた違った一面もあるのではないかと思い、チャレンジしてみた次第であります。読んでいらっしゃる方のイメージに合えば幸いです。
さて、今回は春香とおばあちゃんのお話です。なかなかおばあちゃんとのストーリーは描かれていなかったような気がするのですが、こんな時春香だったらどうするかな?どんなことを思うのかなと想像しながら文章にするのは面白かったです。私自身、おばあちゃんっ子で半分は祖母に育てられたようなもので、口うるさく感じながらも冗談も言いつつ感謝もしつつってな感じです。春香もそんなことを思うのでしょうか?優しい春香でも、おばあちゃんのいうことが口うるさく感じることがあるのでしょうか?(笑)
是非一度のぞいてみたいものです。
出来る公式の設定に近いように書いたつもりですが慣れないもので、もしかしたらおかしな部分があるかもしれません。
また機会があれば別の一面を描いてみたいですね。

最後になりましたが、全ての春香P、春香ファン、アイドルマスターが大好きな皆さんに感謝を込めて!

(↑あとがき長っ!)